軒(のき)ゼロ住宅・・・今では、少しでも住宅に関心のある方には、かなり定着した言葉ですが、「『軒の出』がほとんどない住宅」のことです。
かれこれ10年以上前から、「雨漏り」に対する警告の意味を込めて、こう呼ばれてきました。
・・・「軒ゼロ住宅は要注意」と。
今ではむしろ戸建ての多くを占めるようになってしまった感さえありますが、この警告は、屋根の先端、張り出しとしての「軒」や「庇」の有無、についての問題です。
それらは普段、見過ごしてしまいがちですが、実は、雨漏りだけでなく、換気・通気、外壁保護、あるいは日射遮蔽、などについても、効果が期待できるものです。
目次
軒ゼロ・片流れ・庇なし ~ それは何?何が問題?
まずは「軒ゼロ」の用語の解説(おさらい)から
かなり定着、とは言いましたが、やはり業界用語ですから、簡単にご説明を。
「軒ゼロ住宅」とは、「軒の出がほとんどない屋根の住宅」を表わす言葉です。
イメージとしては、「外壁がそのまま屋根につながったような外観」をした、最近よく見られる住宅です。
「軒(のき)」とは屋根の先端のことですが、ここでは「軒先、けらば、片流れ屋根の棟(図を参照ください)」などを含めることにします。その「軒の出」がごくわずかということです。
ちなみに、日本住宅保証検査機構(JIO)では、軒先:柱芯から軒の先端まで250㎜以下、けらば:150㎜以下、片流れ屋根の棟:150㎜以下、という目安を設けています。JIOの2016年の調査では、保険金支払いの対象となった雨漏り事故案件の7割が軒ゼロに該当するものだったそうです。
反対に、軒や庇があることのメリットは?
軒ゼロ住宅が増えてきた理由としては、都市部の狭小敷地の中での制約ということが思い浮かびますね。
狭い敷地の中で、できるだけ住宅の面積を確保するには、住宅の外壁をできるだけ敷地の境界近くに寄せたいと、誰しも考えます。そこで、外壁の上部の軒の出が短くならざるを得ません。
軒が出ていないほうが見た目にすっきりして、デザイン的に好まれる、とか、軒の出が少なければ、屋根面積が減るので、住宅の初期コストは少なくなる、みたいな「メリット」を挙げているサイトもありますね。
しかし、新築時の見かけの初期コストが圧縮できたとしても、その後のランニングコストはむしろ増えてしまいかねないというデメリットに注意すべきでしょう。
冒頭にお話ししたように、軒の出や庇には、①防雨(雨漏り対策)、②換気・通気(小屋裏換気口や外壁内通気口)、③外壁保護(雨掛りを減らす)、④日射遮蔽(夏期の直射日光対策)などのメリットがあります。
ポイントは「雨漏り」だけでなく、「換気措置」対策、「外壁保護」や「日射制御」の効果も ~ まず、「軒ゼロ」の雨漏りの危険性、から
危険な軒ゼロ~雨漏りの7割は軒ゼロ
軒ゼロ住宅は、屋根面の先端にある「軒先、けらば、片流れ棟」の「出」が少ない住宅です。
軒の出が少ないと何故雨漏りの危険性が増すのか、という議論は、少しだけ専門的な知識(※1)が前提となるので、どうしても詳しく知りたいという方はこちらをご覧ください。
※1 たとえば、日経ホームビルダー編「雨漏りトラブル完全解決」第4章『それでもやる?危険だらけの軒ゼロ住宅』2017.10などを参照ください
ここでは結論的に、庇の出の有無は雨漏りのリスクに大きく関わる、ということだけをまず知っておきましょう。
そして、雨漏り事故発生の調査結果から、雨漏り発生箇所の7割以上が軒ゼロ住宅(※2)で、軒の出のある住宅での雨漏りは3割以下であったこともその根拠となっています。
※2 日本住宅保証検査機構(JIO)が2010年7月~2016年6月のあいだに保険金支払いを認めた雨漏り事故案件について行った調査結果
軒ゼロの中でも、統計上最も危険な「片流れ棟部」
「軒先、けらば、片流れ棟」の「軒ゼロ」の中でも最も事故例が多いのは、「片流れ屋根の棟部」であるという調査結果があります。
その前に、屋根の種類のおさらいをしておきましょう。
広く住宅の屋根で採用されているのは、「切妻屋根」「寄棟(よせむね)屋根」「片流れ屋根」の3種類がほぼ基本で、さらにこれらの組み合わせや応用があります。
こうした「切妻」「寄棟」「片流れ」などの屋根形状のなかで、雨漏り事故例が最も多い形状は「片流れ屋根」で75%程度を占めているそうです。(JIOの調査結果)
片流れ屋根の住宅は、敷地形状や方位などの条件にもよりますが、敷地の斜線制限をクリアしつつ、建物ボリュームを最大限確保しやすく、たとえば2階の上にロフトや屋根裏収納を設けやすい形状と言えます。
そして、片流れ屋根を軒ゼロとすることによって、シンプルでシャープなシルエットを持つ外観となります。
雨に閉じつつ、換気用に開く「軒と棟」 ~ 雨漏り対策と換気措置
小屋裏換気、外壁通気に対する開口の確保・・・という課題
さて、この雨漏り危険度の高い片流れ屋根の棟部をはじめ、その他の軒先、けらば、棟部には、雨漏りに対する配慮が必須ですが、それと同時に、多くの場合、この箇所で換気や通気用の開口を確保しなければならないという、悩ましい問題があります。
以前「小屋裏換気の重要性」についてコラムに書きましたが、ここに小屋裏(屋根裏)換気の種類について触れました。
この中で、いちばん換気の効率が良いのは、「軒裏給気・換気棟排気」です。
片流れ屋根でも、切妻や寄棟の屋根でも、「換気棟排気」を行おうとすると、屋根の頂部のいちばん雨ざらしになる過酷な場所に排気口を設けることが必要であり、防雨性能のある排気口が必要になります。
一方、「軒裏給気」は軒先に給気口を設けるわけですが、軒の出が確保されている場合は軒天(軒裏)に雨を避けて開口を設けるのは昔から行われてきていますが、軒ゼロの場合はやはり防雨性能に注意する必要があります。
なお、切妻や片流れ屋根の場合、棟換気としないで、小屋裏が面する妻壁(側面の外壁)などに建築用のガラリを設けて換気口とする例もあります。この場合はガラリが雨掛りとなる可能性があるので、フード付きのものとするなど、ガラリの防水・排水性能に留意する必要があります。
また、窯業系サイディングなどの外壁材は、その裏側に通気層を確保することが必須です。軒先では、小屋裏への給気を行いつつ、この外壁の通気層からの通気を逃がすための措置も必要となります。
小屋裏や外壁内の空気の流れ
次の図は、小屋裏換気、外壁裏通気、さらに床下換気を片流れ屋根の住宅について模式的の表わしたものです。
図は天井を水平に描きましたが、屋根面に沿って勾配天井(斜め天井)とする場合は、図の小屋裏(屋根裏)の代わりに、屋根の野地板に沿って通気スペーサーを設けて、通気層を確保します。
住宅というのは、このように外皮(屋根、サイディング外壁)の内側や床下など室内のまわりをぐるりと換気・通気しているものなのです。この空気の通り道が確実に機能することによって、湿気を排出することにより、結露を防いで、木部が腐食するのを防いでいます。
これらの換気・通気の層と室内との境界部分に断熱材が設けられるわけです。住宅の断熱の原則は、断熱材で室内を包み込むことですが、その断熱層のまわりをこのように空気層で包んで、外皮を構成するわけです。
また、外壁の通気層は、外壁から雨水が浸入しても、それを下部から排出する役割も持っていて、ここにも通気と防水の兼ね合いがあります。
軒ゼロ問題に対応する換気部材
「軒ゼロ住宅」の雨漏り問題が、住宅の業界で顕在化して以来、防雨効果のある換気部材が製品化され、一般化してきました。こうした製品によって、「雨に閉じつつ(防水しつつ)、換気用に開く(空気を通す)」ことのリスクが低減されてはきています。
軒の出や庇が少ない住宅は、その将来の姿を思うべき ~ 外壁劣化のリスク
雨掛りの危険性
雨掛り(あまがかり)とは、雨が降るたびにいつも濡れてしまうような場所、常時風雨に晒されるような場所のことです。
軒や庇がわずかしかない外壁は、当然ですが、雨掛りになりやすいです。
では、軒の出の寸法の大小によって、その下の外壁がどの程度雨掛りになるのでしょうか。
次の図は、それを一定の条件下で試算した結果です。
これによると、軒の出がたとえば90㎝あるような場合は、その軒下1m付近までは、ほとんど雨掛りになっていませんね。一方、軒の出15㎝、つまり軒ゼロの場合は、その下間際まで、しかも軒に近づくほど強く雨に晒されやすい傾向にあることが読み取れます。
一定の条件下での試算ではありますが、軒ゼロは外壁の雨掛りを誘発するリスクがあるということです。
外壁の劣化スピードを速める
たとえば、最近の新築住宅の外壁でいちばん多いのは「窯業系サイディング」ですが、これは原料の80%がセメントであり、それ自体に防水性能はありません。新築の場合、工場での製造時に塗装して防水性を持たせた製品を現場に搬入するので、竣工当初は防水性はいちおうあります。
しかし、表面の塗料は劣化して行き、雨風や日射の影響を受けて、放置しておけば水を吸ってしまうようになります。サイディングのメンテナンス周期は一般に7~10年などと言われていますが、雨掛り部分はもっと劣化のスピードは早まるでしょう。
また、外壁のシーリング材も、日射や風雨の影響で劣化は促進されてしまいます。シールが劣化・破断した箇所が雨掛りの部分にあれば、そこから雨水が浸入するおそれがあります。
たとえば、以前のコラムでは、次のようなものがあります。
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駆体の頑健さの一方で、長く放置されてきたもの
住宅の劣化事象の中で、雨水の浸入や結露、あるいはシロアリの進入懸念箇所などに着目するのは、ひとつには、それらが腐朽や蟻害の原因となって、木造の柱・梁・土台など住宅の駆体(骨組み)に決定的なダメージを与 ...
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この中で、「30年の重み1:外装材(窯業系サイディング)」のところに、サイディングやシーリングの劣化について触れてあります。
2階のサッシまわりからの雨水浸入
次に、住宅関係者のあいだでよく言われるのが、「2階のサッシまわりからの雨水浸入の危険性」です。
これは、2階建て住宅の屋根の軒下の窓サッシのお話です。
住宅の雨漏りの発生箇所は、窓廻りが多いと言われています。それは、2階の窓廻りでサッシ枠と防水シートの隙間から雨水が浸入し、1階の天井、あるいは1階の窓廻りで雨漏りとして気付くことが多いということです。
つまり、2階の窓廻りが雨掛かりでなければ、この経路の雨漏りは防ぐことができます。
先ほどの、試算による雨掛りの分布図に、仮に2階の掃出し窓を書き込んでみると次のようになり、軒の出が充分あれば、2階の窓上は雨掛りの範囲から外れる可能性が高いと言えます。
夏は強い日差しを遮り、冬は日差しを採り入れたい ~ 軒や庇の日射遮蔽効果とその限界
夏は日射遮蔽、冬は日射取得
このように、軒の出や庇は雨掛りから外壁を保護することに効果があります。同様に、日差し(日射)から住まいを保護して、省エネ性能や快適性の向上にも役立ちます。
ちょうど、夏の頃に住まいを考えると、強い日差しを何とかしたいと思うでしょうし、冬の頃であれば、暖かい日差しを取り入れたいと思いますね。
この「夏は日射遮蔽、冬は日射利用」を、住宅の軒や庇で行うには、南に面した窓では次の図のような出の寸法が目安とされています。
この「軒・庇下から窓下までの高さ:H」に対して「軒・庇の出:L」を「0.3H」に設定するのは、年間を通じての冷暖房費が最も安くなることを目標としたものです。
これをもう少し詳しく見ると次の図のようになります。
太陽高度がいちばん高くなるのが、夏至の時で6月後半ころです(東京で78°程度)。いちばん低くなるのが冬至で12月です(31°程度)。
夏至は太陽高度はいちばん高くなりますが、もっとも日差しが強くなるのは、梅雨が明けて8月から9月にかけてのころです。
こうなると太陽は60°くらいまでになるので、住宅の掃出し窓のような床まである開口への日射を、軒や庇の出だけでカバーするのはかなり困難な場合もあります。(住宅の場所や方位によるので、詳細はケース・バイ・ケースでの判断が必要です)
その場合は一時期、すだれやシェード(日除け)の併用も考えると良いかも知れません。
南面以外の窓については
ただし、ここまでの軒や庇による日射遮蔽効果は、住宅の南面の軒や庇にほぼ限られます。また、住宅自体が真南に対して20°~25°程度以上振れていると、軒や庇の遮蔽効果は弱くなります。
また、南に面していても、朝日による東からの太陽光や、夕方の西日による太陽光は、太陽の高度が低いので、軒や庇の遮蔽効果は期待できません。
西面や東面の窓は、できれば大きく取らないことが、日射遮蔽上は好ましいと言えますが、どうしても開口を大きく取る必要がある場合は、日射遮蔽の装置を外壁の外側に設ける(外付けブラインドなど)ことを検討してください。
日差しは太陽から直進してくるだけではない ~ 直達日射と天空日射
ここまでのお話は、太陽からの日差し(日射)は、まっすぐに進んでくるものという暗黙の前提がありました。直進してくるから、それを軒や庇で遮り(遮蔽)、その内側で守られるというイメージでした。
実は、日射にはこうした「まっすぐの」日射と、「かならずしもまっすぐでない」日射のふたつがあります。
● 直達日射:太陽から直接照りつける日射(軒、庇による遮蔽の対象)
● 天空日射:大気で拡散されて天空の全方位から降り注ぐ日射(軒、庇ではほとんど対応できない)
夏場、晴天の日であれば、これまでのお話しの「直達日射」のほうが多くなります。
しかし、夏は湿度が高く、雲も多いので、日射が拡散されやすくなります。その結果、8月平均では「天空日射」の方が多くなるそうです。
出典:前真之「エコハウスのウソ2」 日経BP2020.08.31
軒・庇のみによる日射遮蔽効果とその限界・対策
以上からわかることは、軒・庇のみによる日射遮蔽効果の限界についてでした。
まず、南面においては、軒・庇による日射遮蔽は、効果を期待できますが、天空日射や朝日・西日のような直射日射には効果がないということ。
もうひとつは、西面や東面は、直射日光に対しても軒・庇は効果がなく、そこに天空日射が加わるので、西や東に面する窓は、外付けの日射遮蔽の措置を行うことが必要であるということ。なお、西側や東側の窓では、ガラスを「日射遮蔽型」(遮熱Low-E)とすることが原則です。(ただし、外付け日射遮蔽措置を行って、その遮蔽効果が高い場合は、日射取得型のガラスの採用を検討します。)
なお、南側の窓については、ガラスを「遮蔽型」とすると、冬場の日射取得を大きく減らして、暖房負荷が増えてしまうので、「日射取得型」として、日射遮蔽はその他の方法(軒・庇の他、外付けの日射遮蔽措置など)によることとします。
今回のまとめ
今回もまた、少し盛りだくさんの内容になってしまいましたが、まとめて言えば、戸建て住宅を「軒ゼロ・庇なし、さらに片流れ屋根」とする場合は、雨漏り、換気・通気、外壁保護、日射遮蔽などにご注意ください、ということです。
①軒ゼロ住宅は統計的に雨漏りの危険性が高く、その中でも片流れ屋根の事故例が特に多いということ。
②軒先・軒裏と屋根の棟(むね)は、小屋裏換気や外壁通気用の開口を設けることが多い。つまり、風雨を防御しながら、開口から空気を出入りさせている。最近では、それに対応する専用の換気部材が開発され製品化されている。
③軒の出や庇は、風雨や日射から外壁を保護することに役立っている。窯業系サイディングは表面に塗装することで防水性を持たせているが、塗装が劣化すれば吸水してしまう。また、シーリングも経年劣化すれば雨水浸入のおそれがある。このため、外壁は軒や庇で保護されるべき。また、2階のサッシ上部からの雨漏りを軒や庇で守るという点もポイント。
④軒の出や庇による夏期の日射遮蔽、冬期の日射利用は、住宅の南側について効果がある。その他の面については、日射遮蔽措置(外付けの日射遮蔽装置や遮蔽型ガラスの採用など)を検討する。
軒ゼロ住宅は、建て主側や買手側のデザイン的な好みによるもの、というより、もともとは敷地の制約条件によってそうなってしまったような気がします。すると、屋根面積の節約などのコスト削減という供給側の論理によって、それが最近の戸建て住宅に一般化してしまったのではないでしょうか。
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