私たちが住宅診断で指摘する、いわゆる劣化事象。
ところが、そこに普通に見えているのに、住まい手の方には「見える」のに「見ていない」、ということが意外とあります。
いわば、「風景の一コマ」化してしまった事象とでも言えるでしょうか。
目次
いつでも「見える」のに「見ていない」劣化
このお住まいは、診断時点で築17年、瓦屋根の和風木造住宅。
最近は、軒裏を防火構造とする規制に対応する必要もあり、軒先を防火材料で覆うことが一般的になってきました。本件のような、垂木(たるき)と野地板(のじいた)を見せる昔ながらの軒裏は、むしろ少数派かもしれません。
2階屋根のその軒先を観察していると、軒の垂木の一箇所だけ、明らかな劣化が見られました。
軒の他の垂木も、雨がかり部分は一様に多少の変色が見られるものの、この箇所だけは垂木とその直上の野地板が相当白く変色しています。ちなみに、垂木(たるき)とは写真にある軒先の角材のことで、屋根材の下の野地板(のじいた)を支えています。
依頼者様:「毎日見ているはずなのに、言われるまで気がつきませんでした。と、言うより、もう当たり前の風景みたいになっていました。」
私たちが指摘する、いわゆる劣化事象には、住まい手の方々にとっては、いわば「風景の一コマ」で、いつも「見える」のに「見ていない」というものも少なくありません。指摘されて、そういえば、となったりします。
この場合は、垂木と上の野地板部分の局所的な劣化で、上部からの漏水と推定されます。
瓦屋根は「塞がない」「逃げ道を残す」
漏水の原因となりそうな、屋根の瓦部分の破損や大きなずれは見あたりません。
一方、屋根形状の特長として、軒裏劣化部分の直上に降り棟(くだりむね、化粧棟)があり、降り棟の先端には鬼瓦(降り鬼)があります。
降り鬼の下の部分が、漆喰(しっくい)で塞がれていて、その漆喰の部分は部分的に破られて葺き土が流出している状態が見て取れます。
「降り鬼の下は塞ぐべきでない」 ここでは、これがポイントです。
これには異論もあるようで、降り鬼の下を面戸漆喰で塞いでしまった例は時々見られます。
私たちは、塞がないことを推奨します。以下でその理由を考えてみましょう。
この事例から「瓦屋根」について学ぶこと
「漆喰で塞がないこと」、これが本件の結論ですが、少し詳しく見てゆきましょう。
依頼者様:「これは、写真で拡大するか、双眼鏡がないとちょっと気がつきませんね。でも、あの白いところ(注:漆喰のところ)と、軒の汚れと関係あるのでしょうか?」
まず、劣化が見られる軒の垂木付近と、その上の降り棟の断面は、次の図のスケッチのような感じです。
降り棟の内部には「葺き土」があり、これが「のし瓦」の勾配を支えています。雨水が浸入しようとしてもこの勾配で外部に戻されます。
ところが、葺き土が劣化してくると、のし瓦の勾配が緩くなり、雨水が浸入しやすくなります。
また、棟と鬼瓦を繋いでいる「鬼漆喰」が劣化したり欠落したりして、そこから雨水が入ることもあります。
瓦葺き屋根は、瓦というピースが並べ置かれているだけなので、実は僅かな隙間だらけです。
しかし雨水は、屋根の勾配に沿って表面を流れます。
もし隙間から入ったとしてもそれぞれに勾配が付いていて、そこからまた出て行きます。
瓦同士の隙間は、雨水の入口であると同時に出口でもあるわけです。
しかし雨には、吹き降りのような場合もあるので、強風時に勾配を逆行して瓦の裏側に浸入することもあります。
瓦屋根でも化粧スレート(コロニアル)屋根でも、そのために屋根葺き材の下には防水層(ルーフィング)が張られています。強風時などに雨水が瓦の裏側に浸入しても、すぐに天井の雨漏りにはならないようになっています。
しかし、この防水層はあくまで二次的なもので、大量の雨水に晒され続けることまでは想定していません。
また、瓦桟木(さんぎ)を留める釘などは防水層を貫通しているので、ここを伝って雨水が防水層、野地板(のじいた)、垂木へと浸入するケースもあります。
今回の事例では、降り棟の鬼瓦下を漆喰で塞いでいたので、棟に浸入した雨水がそこで堰き止められるかたちになってしまい、その下の瓦同士の隙間から瓦裏に浸入したものと思われます。本来なら、鬼瓦下から流れ出てしまうべき雨水です。
降り棟の中は葺き土があります。部分的に漆喰が破られて葺き土が流出している例がありますが、それは雨水が棟に浸入した兆候です。
本件では、浸入した雨水が釘穴などから防水層を突破して軒先の野地板や垂木に回った、そう推定しました。軒の一部劣化という事実と、雨水の堰き止めと浸入という推定、それをレポートにしました。
依頼主様:「気がつかないうちにゆっくり、しかし確かに、劣化は進行する、というわけですね」
先日は有り難うございました。
軒裏の汚れの件、御指摘されるまで気にも留めて居りませんでした。軒裏と屋根の降り鬼(の下の漆喰)が関係するのではないかとの御話、成る程と思いました。
今度此方の工務店の番頭と会うので、部分的に積直しをするか相談致します。
(原文手書き、一部略)
まとめ:ここでの教訓と後日談
瓦屋根の瓦同士の隙間は、時に雨水の入口であり、同時に出口でもあります。
安易にその隙間をコーキングなどしてしまうと、浸入した雨水の逃げ口がなくなってしまい、雨漏り補修としては逆効果です。
ちょうど化粧スレート屋根の再塗装の際に、「縁切り」つまり、上下のスレートの重なりの箇所にカッターを入れ、重なる部分の隙間が塗料で塞がれてしまうのを避けて、入り込んだ雨水の出口を確保しておくことと同じ考え方です。
はじめに戻りますが、瓦屋根は「塞がない」「逃げ道を残す」、そして「降り鬼の下は塞がない」ということですね。
「こちらの工務店と相談して、降り棟の積み直しをすることにしました」
後日、この依頼主様からご連絡をいただきました。
写真は、積み残しの前と後を比べたものです。積み直し後は、鬼瓦の下の塞ぎがなくなっています。
参考資料:積み直し工事(記録)
別のところのものですが、積み直し工事の例です。ご参考まで。
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