実家を相続した場合、どうするか・・・悩ましい問題ですね。
ある日突然に、自分の所有となった「既存(中古)住宅」ですが、いろんなケースがあります。
たとえば、すでにご自宅をお持ちで、遠く離れたご実家を相続したものの、使うあてもなく、維持管理もままならい・・・と言う場合なら、賃貸に出すとか、売却というケースも多いでしょう。
一方、そうではなくて、その実家の場所に住み続ける必要があるという場合もあります。
目次
「実家の場所に住み続ける」という場合の相続住宅
はじめに、結果からお伝えすると、今回のケースは、テレビのリフォーム番組のような既存大改修による感動的ハッピーエンドとはならず、コンパクト化して建て替えという、一見オーソドックスな結論となりました。
しかし、そこに至るまでに、いろいろな検討と迷い、そして最終のご判断がありました。
ただの「中古住宅」とは割り切れない、「実家」への思い入れ
そのご夫妻は、ご実家の母屋の隣にある「離れ」にお二人でお住まいでした。
母屋はお母様がお住まいでしたが、その母屋をご相続後はご主人が2階をご自分の書斎(かつての勉強部屋)として、1階を客間(応接)として使っておられました。
ご主人はご長男で、子供のころからこの家で過ごされ、結婚を機に、隣接する「離れ」に移られましたが、その後もずっと出入りしてきたご実家の母屋です。
ご自身の成長の過程を刻み込んだ、いわば記憶のかたまりのような場所です。
このお宅の場合は、同じ敷地内の母屋の相続ですから、離れて住む親の住宅という実家の場合とはかなり異なります。
「もう長年離れてしまった実家」とは違って、「ずっと目の前にある実家」・・・他人から見れば、ただの「中古住宅」に過ぎないでしょうが、ご本人にとっては、そう単純に割り切れないものがあります。
しかも、このご夫妻の現在のお住まいの「離れ」は、手狭で経年的な劣化が母屋以上にかなり目立ちはじめていました。
敷地分割というお考え、そして全面リフォームか建替えかの検討
夫婦二人だけの住まいとしては、この母屋と離れの二棟両方では広すぎて、手間もかかりすぎるので、一棟にしたいと考えています。
というお話がスタートでした。
ご主人のお考えは、母屋を建て替えるか、全面リフォームするかして、そちらに移り、その後、現在の離れの土地を分割して売却し、建て替え費用の一部に充当しようというお考えでした。
そして、言われたのが、
冷静に判断したいのですが、住宅会社は建替えの話ありきで、リフォーム会社は補強してリノベーションをおすすめ、というわけですよね。当然と言えば当然でしょうけれど、何とも・・・
という、お悩みでした。
そうした各社からすれば、自社の仕事を前提とするので、そこから話を始めてしまうのは無理からぬ話ですけれど、その前の段階、つまり、客観的な現状診断を行った上で方向性を考えるべきでしょう。
と申し上げて、本件はスタートしました。
自宅診断:ご実家を拝見してわかったこと
今回は、ご実家の居ながら診断です。
「居ながら診断」は「ご自宅診断」の場合の特徴で、家具も置かれたままで、不動産会社などの第三者が立ち会うこともないので、時間などをあまり気にすることもなく、依頼者様といろいろ話をしながら調査を進めることができます。
まず、客間に通されて、資料を拝見・・・
と言うわけで、はじめに1階の客間(応接)に通されて、そこでお持ちの図面を拝見しました。家具に囲まれてはいましたが、きちんと片付けられた洋室で、まだまだ現役といった感じの応接室でした。
その図面は竣工当時のもので、そこから浴室まわりの増築と、トイレの改修があったと説明されました。
そして、耐震診断の報告書もお持ちでした。かなり以前になりますが、行政の補助を受けて、母屋の耐震診断の簡易診断は受けていらっしゃいました。
その結果を拝見したところ、上部構造評点は0.4代、基礎の補強と耐震壁の追加がアドバイスされていました。
こうした資料をお持ちなので、
もしリフォームする場合は、耐震補強が必要であることは承知していますから・・・
と話されました。
さらに、
でも、冬の寒さはどうにもこたえて・・・毎年、冬はストーブ生活でしのいできました。
そうしたお話をうかがった上で、母屋を拝見することにしました。
そこで、次のような点が分かりました。
①敷地裏手の水路、その擁壁の問題
敷地裏手、建物に沿って、先ほどの配置平面図に示すような水路があります。水路と言っても、雨水排水用のもので、常時は水が流れていません。大きめの雨水排水側溝のようなものです。
水路両側は高さ1mほどのコンクリート製の擁壁となっていて、この家の側の擁壁の数カ所に上から下までつながる深いクラック(ひび割れ)が見られました。
②和室床の状態(傾き、および畳下からの床下進入)
床の傾きを調べてみましたが、水路方向に向かっておおよそ4/1,000前後でした。
中古住宅では、この傾きは許容範囲と言っても良いでしょう。
詳しくは、次のコラムをご覧ください。
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そして、この時代の戸建住宅に多いのは、床下点検口が設けられていないこと。その代わりに、和室の畳をめくると、その下が板敷き(荒床)となっていて、それが外れることがあります。運良く、この住宅でも外れました。
③床下の木製束に蟻害(シロアリの被害)
母屋の和室の畳をめくり、荒床を外して床下を拝見したところ、木製束に沿って蟻害が見られ、上部の大引きまで蟻道が見られました。
また台所の一部木部にも蟻害と思われる箇所が見られました。
床下の土間は土のままで、防湿・防蟻対策等が見られませんでした。
④小屋裏(屋根裏)の状況(金物、雨染み、無断熱)
2階の洋室はご主人の昔の勉強部屋で、現在は書斎代わりに使っておられます。
その洋室の物入れを開けて、中棚に上がって天井の合板を探ると、外すことができました。ここに脚立を置いて、小屋裏(天井裏)に進入することができました。
1)耐震診断でも指摘されていましたが、年代的に継手の金物が不足していました。また、筋交いなど耐震壁がほとんど見られませんでした。
2)天井内の妻壁側にわずかな雨染みが見られました。これが継続的なものか、一時的なものかは経過観察が必要です。
3)断熱性能の観点からは、床下や天井面に断熱材が見られず、窓開口は単層ガラスで、年代的に「無断熱」の状態でした。
なお、上の2)に関連しては、下のコラムもご覧ください。
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課題整理と今後の進め方
はじめのお話にあったように、住宅が古いため耐震性能が低いということは、すでに耐震診断の結果からお分かりでした。もし既存を残すならば、耐震補強を行う必要があり、その上でのリフォームとなることも理解されていました。
構造上の課題(耐震性能の低さ、蟻害、水路擁壁の安全性)
しかし、以前の簡易耐震診断の報告書には、蟻害と水路擁壁の安全性については記載がありませんでした。
今回、床下そして台所の一部に蟻害の跡が見つかり、既存の木部の強度に不安があること、さらに敷地裏手にある水路の擁壁コンクリートにクラックがあり、擁壁が脆弱な場合、住宅の基礎に影響する恐れがあること、このふたつの課題が、建物の構造に関して、新たに加わりました。
シロアリ、ですか・・・今回初めて知りました。こうして写真を見せられると、かなりショックですね。
それと、裏の水路のカベ(注:擁壁)のひび割れは、気がつきませんでした。ふだん、裏手にまわることも少ないですし、水路の壁を見ることもないので・・・
と、ご主人。
なお、この水路と擁壁は、管理者がはっきりせず、造られた経緯も不明で、後日ご主人が役所に問い合せたところ、「擁壁のクラックについては、自費で補修してください」と言われた、と仰っていました。
断熱性能上の課題
構造面での課題に加えて、現在の基準からすれば断熱性能が極めて低いこと、いわゆる「無断熱」の状態であることも分かりました。リフォームする場合は、断熱補強をする必要があります。
住宅の断熱性能は、近年、年を追うごとに充実していますが、この住宅が建てられた時代では、こうした状態がむしろ一般的でした。
年代ごとの天井断熱の傾向については、以前書きましたので、次をご覧ください。
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また、後から増築した浴室と脱衣室部分は老朽化がかなり進行しているため、この部分は全面撤去して新設が必要なこと、なども分かりました。
既存母屋を残すかどうか:全面リフォームの検討
選択肢の一方は何とか既存を残してリフォームという方向ですが、そのためにはまず構造を補強する必要があります。
耐震診断の指摘にもあるように基礎を補強する必要がありますが、水路の擁壁のコンクリートがどのような配筋になっているのか不明なため、できればこの擁壁に影響しないように、たとえば深基礎にするなどの方策を取ることが望ましいと言えます。
この判断は微妙なところで、実際の床の傾斜がそれほどでもないことからすれば、過剰な手当てと言えなくもないかも知れませんが、擁壁の構造が不明で、擁壁自体を補強するのは現実的でないため、建物の基礎の補強で対応すべきではと判断しました。
基礎を補強するのと同時に、土間にコンクリートを打設するなどして防湿・防蟻対策を行う必要があります。
最近の住宅はベタ基礎が主流ですが、ベタ基礎でない場合も、防湿フィルムを敷いて、さらにコンクリートを打設するのが一般的です。地中からの湿気を防ぎ、シロアリの侵入を防ぎます。
そして、蟻害を受けた木部を取り替え、防蟻処理を行います。こう書くのは簡単ですが、実際は土台や根太など地面付近の木部までの蟻害で止まっているのか、土台よりさらに上の柱などの木部に広がっていないかを確認した上で、取替える範囲を決める必要があります。
今回、台所の一部に蟻害と思われる箇所が見られたので、既存木材を利用するためには、そうした詳しい調査が必要と判断しました。
そうした上で、地震時に柱が土台から抜けでしまわないように、基礎と柱を金物(ホールダウン金物など)で固定します。その他の継手にも金物を追加し、筋交いや構造面材で耐震壁を作ります。床面補強して地震・台風時の水平力に耐えるようにします。
これらは主に耐震改修と呼ばれる工事ですが、これに合わせて居住性と省エネ性能を向上させるために断熱改修を行います。窓サッシュ・ガラスを断熱性のあるもの(複層ガラス入りの樹脂サッシュなど)に交換し、その上で、1階床下、外壁、2階天井裏に断熱材を敷設します。
そして、外壁の老朽化した金属板をサイディングなどと交換しますが、その下地部分に通気層を確保して通気構造とします。(なお、サイディング外壁では通気層は必須ですが、外壁をALC版などとする場合や、モルタル外壁として和風な感じを出すような場合などは、必ずしも通気層は必須ではありません)
屋根の瓦自体はまだ使えなくもないとも言えますが、瓦のような「重い屋根」を金属製や化粧スレートなどの「軽い屋根」に改修するのも、耐震の点からは望ましいと言えます。また2階天井に雨染みが見られたので、屋根下地まで含めた状況確認と必要に応じた補修はしておいたほうが良いと思います。
いずれにしても、構造体だけを残してフル改修する、いわゆるスケルトン(骨組み)リフォームになります。
検討の結果 ~ その背中を押したもの
ご主人は、もともとの懸念であった「耐震性能の低さ」に加えて、今回の「水路擁壁の安全性」と「床下の蟻害」の問題も浮かび上がったことから、上記のような「既存補強を行った上、全面リニューアル」の方向は、結論的に思い止まることに傾かれました。
断捨離とともに
報告書、拝見しました。
先日の検査後のお話と、この報告書を読んで、やはり今の母屋を大改造して残すことは諦めようと決めました。
先日もお話ししたように、この母屋には私なりの愛着がありますが、今の間取りはかなり使いづらいので、もし残すとしても間取りごと変える必要があります。特に後から無理に増築した浴室のところは全面的にやり替えになるでしょう。
以前の耐震診断の結果から、ここを残す場合、かなりの補強が必要となることは覚悟していましたが、床下のシロアリの被害の写真を見て、総合的に考えて、これはもういったん取り壊すべきだと決めました。
今の母屋は取り壊して、そのあとに夫婦二人で住めるだけのこぢんまりした、でも使いやすい住宅に建て直そうと思います。建て直す以上、耐震的で、断熱的にもしっかりしたものをお願いするつもりです。
おそらく、私たち二人だけなら、今と違って平屋建てで充分かと思います。断捨離ですね。この先、階段の上り下りはきつくなるでしょうし。
(以下略、太字:N研)
ご夫妻としては、今後の住まいにはまず耐震性を求めたいと言われました。それも、もし大地震が来ても、住み続けられる家にしたいとのこと。地震後、避難所に行かなくても住み続けられる家ということです。
その上で、断熱性能の高い快適な住まいとしたいとのお考えです。
規模を抑えてコンパクト化するという考えには、新築費用の問題もありました。離れの土地を分割して売却したお金に、自己資金を加えてそれに充当するというお考えです。
実のところはすでに、土地の分割売却の検討とともに、既存撤去・小規模新築という検討も進められていたそうで、今回の診断の結果をふまえて、最終的に決断されたというのが実際だそうです。
建替え決断の次に考えること
そして、後日談ですが、結論的には、要求仕様として、住宅性能評価の尺度で言うところの、耐震等級3、省エネ等級(断熱等性能等級)4などを目標とすることになりました。
なお、この断熱等級に上位等級が新設されたことなどに関しては、最新情報を書きました。
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もう「興味なし」では済まされない ~ 住宅省エネ「義務化」の足音
2022年は住宅の省エネルギー基準が劇的に変化します。基準が強化され、しかも「法的義務化」されます。もう「興味なし」では済まされませんね・・・ 2022年4月1日から、住宅の省エネ性能表 ...
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今回は、テレビのリフォーム番組のような既存大改修によるハッピーエンド、とはならず、コンパクト化して建て替えという、いわばオーソドックスな結論となりました。しかし、ご主人がその結論に踏み切られたのは、この自宅診断の報告の中にある、床下の蟻害の状況と、敷地裏手の擁壁の安全性に対する不安などを考え合わせてのことでした。この2点については、今回はじめて見つかった課題でした。
こうしてたどり着いた建替えでしたが、建替えを前にしての敷地の状況と、この先の「目標」、そしてそれを具体化する「方針」は次のようでした。
今回は、相続住宅にも自宅診断をおすすめというお話でした。
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