賃貸マンションやアパートのオーナーにとって悩ましいのは、初期投資とは別に、その賃貸物件にこの先一体どのくらいの修繕が必要となるのかという、「修繕リスク」ではないでしょうか。
自宅の場合に比べて、よりシビアに「メンテナンス・コスト」を把握しないと、「収益」物件の意味がありません。修繕やリフォームのコストとの見合いで、その物件の投資判断をする必要があります。
目次
賃貸住戸のオーナーにとっての悩ましさ
ここで「賃貸」とひとくちに言っても、賃貸マンションの個々の住戸を保有する場合と、賃貸マンションやアパートの一棟を保有する場合とがあります。
また、それが、新築なのか中古なのか、あるいはこれから購入するのか、あるいはすでに保有していて今後の修繕を考えたいのかなど、私たちN研(中尾建築研究室)には、様々なケースで診断のご依頼があります。
賃貸中古マンションの住戸
たとえば、賃貸中古マンションの住戸について、以前取り上げたものとしては、次のようなコラムがあります。
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マンションの賃貸用住戸の診断では、住戸内部と一部の共用部が対象となることが多く、分譲の場合と診断方法について大きな差異はありません。
しかし、未入居の新築の場合と異なり、中古の賃貸マンションでは、賃借人が居住したままオーナーチェンジすることもあり、この場合、新オーナーは住居内を確認することなしに引き継ぐといったケースもあります。
もちろん様々な事情があってのチェンジでしょうけれど、たとえ立地が良く人気のあるマンションであっても、その住戸内設備の経年劣化は避けることはできません。
借手が退去する場合の現状回復義務の対象(借手自身のミスで壊したり汚したりした箇所など)とは異なり、経年劣化による修繕費用は、多くの場合保険の補償の対象外で、賃貸オーナーの負担になります。
マンションの共用部は管理会社により維持管理され、専有部については、火災・風水害、あるいは水漏れ等の事故は、保険がカバーしてくれます。しかし、専用部の設備などの経年劣化による修繕費用は、一般には補償の対象外とされます。
とりわけ、築後かなりの年数を経ている物件では、これは注意すべきことでしょう。
賃借人の退去/居住と、診断・修繕/空室リスクのジレンマ
中古の投資用マンションで賃借人が居住したまま引き継ぐのは、当面の空室リスクがないので魅力でしょうが、後日住戸内設備などのトラブルが発生した場合、その内容によっては思いがけない修繕費用を負担しなければならず、賃借人にも迷惑がかかる、と言ったリスクがあります。
一方、賃借人が退去してリフォームを実施する前に、住戸内設備も含めた診断を行った上で、引き継ぐことができれば修繕リスクは軽減されるでしょうけれど、その場合はすぐ新規の入居者が見つかるかというリスクはあります。
インスペクション不要論者は、そうした中古マンションの診断は、リフォーム業者に任せれば大丈夫、インスペクションに払うカネなどは無駄、などと主張されます。確かに、クロスの破れや割れ、下地ボードの部分的な破損、その他表面に現れた汚れや傷などを直して、見た目をきれいにすれば、リフォーム済みということにはなります。
確かに、先ほどのコラムの実例で見たような狭い天井内のダクトの状態や、床下の老朽化した給水・排水管の状態まで確認してくれるのであれば、そうした業者に任せるのも良いかも知れません。
一棟マンション(アパート)のオーナーにとっての悩ましさ
賃貸マンションやアパート一棟を保有するオーナーの場合、住戸オーナーとは異なった悩みがあります。
ここで賃貸マンション一棟と言っても、居住系リート(REIT)が扱うような規模の大きいマンションではなく、ここでは比較的小規模なマンションをイメージしてお話を進めます。
大規模賃貸マンションなどでは、投資家(購入者)の投資判断(購入判断)に際してのリスク把握のために、デュー・デリジェンスと呼ばれる詳細調査を行います。この調査は通常、法的調査、経済的調査、物理的調査の3分野からなり、そのうちの物理的調査の結果はエンジニアリング・レポート(ER)で報告されます。このERの中に、建物診断(劣化診断)も含まれています。
ここでのより具体的なイメージでは、管理人を置かないような規模のマンションやアパートですね。
共用部のメンテナンス
一棟マンションやアパートのオーナーは建物全体を管理しなければなりませんが、小規模なマンション・アパートでは、管理会社にすべてお任せとはせずに、オーナーみずからメンテナンスに関与されることも少なくありません。
私たちN研(中尾建築研究室)にご相談・ご依頼をいただくのは、そうした比較的小規模なマンションやアパートが多いです。
私たちN研(中尾建築研究室)にご相談いただいたある物件では、賃貸管理業務と建物管理後業務のうち日常の清掃などは地元の不動産会社に任せる一方、入居者の退去時の修繕や更新についてはオーナーみずからリフォーム業者と打ち合わせして指示を出していました。
・・・中古収益物件の修繕を計画的に行いたく、・・・(中略)・・現在満室ですが○月上旬に1戸退室があるので、その部分の内部と、建物外部のインスペクションを依頼したいと考えております。(以下略)
このお客様は、物件の築年数から、大規模修繕をどのように進めるか悩んでおられて、まずは現状を見て欲しいとのご依頼でした。
中古マンションの屋上防水、塗膜防水の場合
このマンションは築30年で、屋上防水はちょうど10年前に前オーナーが改修。屋上に上がる点検ハッチが考慮されていないため、現オーナーが購入以来、誰も屋上に上がったことがないとのことでした。
そこで、まずはセットバックしているルーフバルコニーを観察し、そこを経由して屋上に上がってみました。
表面の保護塗装(トップコート)の劣化が見られました。前オーナーからの引き継ぎ資料の中にも「5年おきに保護塗装してください」とありましたが、おそらくこの10年行われていなかったのでしょう。
また、ドレン部分が土に埋もれていて、場所によっては雑草が生えていました。排水溝やドレンのメンテナンス不足は中古の戸建てのバルコニーでも良く見られますが、マンションの屋上は面積も広いので、定期的な点検と掃除が必要です。
この例では、室内天井に雨漏り跡が見られないことから、まずドレンまわりの清掃を行い、ついでトップコートの塗り替えを行うこととしました。
アスファルト防水+保護コンクリートの場合
別の中古マンションではアスファルト防水の例もありました。
写真はかなり古いマンションのルーフバルコニーで、アスファルト防水が押えコンクリートで保護されています。この例では保護コンクリートにクラック(ひび割れ)が目立っています。
押えコンクリートには、上の図のように、コンクリートの伸縮を吸収するための目地が設けられます。メンテナンスされないまま年月を経た押えコンクリートの目地は、上の写真のような劣化が見られます。
このようなアスファルト押えコンクリート防水を改修する場合、押えコンクリート面を高圧洗浄し、伸縮目地を撤去処理した上で、塗膜防水とする例が一般的です。
中古マンションの屋上防水、シート防水の場合
次の例は築10年を迎える小規模マンションです。
・・・一棟アパートを所有・賃貸しています。築9年の鉄筋コンクリート造で、新築当初から所有しているものです。・・・そろそろ点検をして計画修繕を始めたいと思っています。(以下略)
最初の問い合せメールで、築10年目にインスペクションを行い、その結果をもとに修繕計画を考えたいとのお話しを頂きました。
診断当日、まずは点検用ハッチから屋上にあがって、防水の状況を観察しました。
このマンションは築後10年近く経過していますが、この間、屋根面は紫外線や酸性雨に晒され続けてきています。そのため、防水層表面の保護塗装(トップコート)の劣化が見られます。できれば5~10年おきに塗り替えて、シートが直接紫外線に晒されないようにすることが望ましいです。
こうしたシート防水では、飛来物による衝撃や、鳥がくちばしでつつくといった鳥害の影響を受けることがあります。
また、シート同士の重なり部分(ラップ部分)の剥がれなどの不具合が生じることもあります。このマンションでは、シート表面に「穴」が見つかり、またラップ部分でのめくれも見られました。
シート防水の耐用年は、一般にはゴムシート防水で10~15年、塩ビシート防水で10~20年ですが、この例の場合は部分的な劣化・破損が見られたので、まず緊急的な部分補修を行うことになりました。
もうひとつの防水工事、シーリング
屋上防水とともに注意したい防水工事が、外部各所のシーリングの劣化状況です。
外部を観察する際には、次の写真のようなタイル面の浮きや割れの確認とともに、シーリングの劣化状況も確認しましょう。
住宅のコーキングの劣化については、こちらもご覧ください。
また、鋼製建具や金物の腐食についても注意しましょう。
一棟マンション:メンテナンスへの配慮の有無
一棟マンション(アパート)のオーナーは、共用部すべての維持管理にも責任を持たなければなりません。
そのため、この場合のインスペクションでは、共用部全般を拝見します。しかし、戸建て住宅の場合と同様に、隠蔽部内の状態を見ることは一般的には困難です。
点検できない1階床下ピット、点検に上がれない屋上
RC造の中古マンションを拝見する際、配管用スペースについて問題を感じることが少なくありません。もともと配管類は壁内や床下に隠されてしまうので、隠蔽部内となります。古いマンションやアパートでは、配管スペースに点検口を設けてあることは多くありませんが、ボードやフローリング材などの仕上材の裏側であれば、多少無理をすれば仕上材を一部取り外して裏側を確認することはできなくはありません。
しかし、RC造マンションで、1階のコンクリート床下をピットとして共用の給排水管を通しているのに、ピットへの進入用の点検口が設けられていない例があります。これは、もし万一配管に割れや外れなどの問題が生じた場合、コンクリート躯体を解体しないかぎりピット内に入ることができません。
しかも、外周部は基礎梁となっていることが多く、しかもピット内も基礎梁で区画されていて、まず人通口などは設けられていないでしょうから、1階住戸の床コンクリートを解体することになるでしょう。これは、費用面だけでなく、該当住戸の居住者には一時退去してもらう必要が生じるなど、大きな問題と思います。
設備配管は10年程度では問題が現われることは稀でしょうけれど、たとえば築後30年、40年を経過した場合はどうでしょうか。
最近のマンションでは、床下ピットへの進入口(点検口)を設け、基礎梁には人通口を考慮しておくことが多いとは思いますが、中古マンションでは配慮されていない例も少なくありません。
おわりに
今回は収益物件のインスペクションについてお話ししました。
対象となる収益物件は、マンションの個々の住居を所有するケースと、一棟全体を所有するケースとがあります。
(1)賃貸区分マンションのオーナーの場合
(2)賃貸一棟マンション(アパート)のオーナーの場合
賃貸物件は収益の確保が前提なので、必要なメンテナンスとそのコストを的確に判断する必要があります。
たとえば、上の(1)の場合では、専有部の経年劣化の修繕コストも見落とさないようにしなくてはなりませんし、(2)の場合は、さらに共用部全体の修繕の優先順位に配慮する必要があります。
また、賃貸開始後は、修繕にあたっては居住者に対する配慮も必要になります。たとえば、外壁の改修が必要で外部足場を設けるような場合には、居住者に周知して理解を得なければなりません。
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