このコラムでは、前々回、前回と、私たちN研(中尾建築研究室)が言うところの「見えないところ」を扱ってきました。
これには、本当は見えるけれど、一般の方にとっては「あまり気づかない」ところや、敢えて「まず覗かない」ところなども含んでいます。
今回も、そうした「まず覗いてみないところ」を覗いてみましょう。これもまた、トリビアな話題でしょうね。
戸建て住宅の内覧会で拝見するバルコニー、あの掃出し窓の下の防水についてです。
目次
内覧会で、「そこにビスは打ちません。防水層に穴を開けるのは、危険だから・・・」
内覧会にて
今回のお話は、戸建住宅の内覧会の現地で意外に多く見られるやりとりから始まります。
写真のようなバルコニーのサッシの下枠を覗いたところ、ビス穴に何もありませんね。よく見かけるのはビスの頭がシーリングで隠れているものですが、この例ではビス(または専用釘)が打たれていませんでした。
現地で立ち会う施工担当者は、ビスが打たれてないことに、
そこにビス(専用釘)は打ちません。防水層に穴を開けるのは、危険ですから・・・
と、答えます。こうしたやりとりの例が、意外と多いです。
バルコニーの防水工事
新築の内覧会でも、中古住宅の診断でも、バルコニーは必須のチェック箇所です。
しかし内覧会では、皆さん室内のことで頭が一杯なのでしょう、バルコニーに出ると、そこからの景色を眺めて一息ついて、また室内へ、ですね。
でも、多くの皆さんが「予習」してきた、住宅診断のサイトなどにはチェック・ポイントが並んでいますね。
たとえば、排水勾配、ドレンまわり、オーバーフロー管、手摺笠木、笠木と外壁・・・などなど。
そして、掃出し窓下の「防水立上り」・・・まず、皆さんが見ないところです。
覗けば見えるけれど、一般には「見えないところ」ですね。今回は、主にここ関するお話です。
ここは、皆さんの「予習」のサイトには、「防水高さ12センチ確保」などとあったでしょう。ここ以外の一般部は25センチ以上必要、とも。
この、バルコニー防水立上がり必要寸法の「掃出し窓下12センチ、一般部25センチ」は、住宅金融支援機構「木造住宅工事仕様書」や瑕疵保険法人各社の設計施工基準、あるいはFRP防水工業会の「施工標準仕様書」などに共通して示されています。そして、国土交通省の「公共建築木造工事標準仕様書」の『防水工事』のところにも、この寸法が出ています。
以下、主に木造戸建住宅のバルコニーで現在主流の「FRP防水」(FRP=繊維強化プラスチックの略称)を前提に、お話を進めます。
サッシが先か、防水が先か ~ おすすめは「防水先行」、しかし・・・
バルコニー防水工事とサッシ工事の「後・先」
掃出し窓のあるバルコニーの防水については、「①防水あと施工」と「②防水先施工」という、ふたつの施工順序があります。
(話題として退屈かもしれませんが、ちょっと聞いてくださいね。実は、この順序が雨漏りの原因に影響することが多いからです。)
これは文字通り、「①サッシを取付けてから、防水を行う」方法と、「②バルコニーの防水を行ってから、掃出し窓のサッシを取付ける」方法です。
言葉だけでは、まるでピンと来ないでしょうから、順番に絵でお示ししましょう。(絵では分からないという方のために、後ほど写真もお見せします)
①バルコニーの「防水あと施工」
まず、「①防水あと施工(サッシが先)」の説明図です。
バルコニーまわりの壁や床が出来上がって、アルミのサッシを取付けます。それから、床のFRP防水を行うという流れです。
この場合、立上り部の防水は、右下の断面図のように、サッシの下枠(フィン)ところまでになり、先端はシーリングします。
竣工時点では良いのですが、経年によりシールが劣化することと、防水層がアルミ枠から剥離する懸念があります。
以前は、この順序の工事が主流でしたが、経年劣化による雨漏りリスクが認識され、最近では次の「②防水先施工」がむしろ主流になっています。
②バルコニーの「防水先施工」
次の図は、「②防水あと施工」のイメージと断面です。
これは、サッシを取付ける前に、床のFRP防水を行い、その防水の上からサッシを取付けるという流れです。
上の図では、防水を窓台の上まで塗る「防水巻込み」の例を示しましたが、「防水立上げのみ」とする例もあります。いずれにしても、サッシより建物側に防水層が入るかたちになります。
おすすめは「防水先施工」、しかし・・・
最近の防水解説サイトなどでは「防水先施工をおすすめ」というのを多く見かけます。
FRP防水工業会の標準仕様書では、「サッシ枠は、防水施工前に取付けられていないこと。」とあります(※)。これはつまり「防水先施工」とすべき、ということですね。
(※)FRP防水工業会(FBK)「木造住宅バルコニー FRP防水施工標準仕様書」より、また、国土交通省の「公共建築木造工事標準仕様書」にも『防水施工時に水切り金物、外壁材及び建具枠が取り付けられていないこと。』とあります。
住宅金融支援機構の「木造住宅工事仕様書」や瑕疵保険法人各社の設計施工基準などでは、「防水あと施工」と「防水先施工」の両方の注意点が記載されています。いわば両論併記ですが、瑕疵保険法人の解説冊子などでは、やはり「防水先施工」を推奨しています。
このように、「防水先施工」が現在の主流です。
その前に、ここで予備知識を入れておきましょう。視覚重視で「防水工事の流れ」です。
バルコニー床のFRP防水の流れ
ここで、バルコニー床のFRP防水工事の大まかな流れをみておきましょう。
上の写真は、同じ住宅のバルコニーではありませんが、おおまかな流れのイメージを掴んでください。
このイメージで、床の防水は次のように進みます。(詳しくは、前出のFRP防水工業会や国土交通省の「標準仕様書」ほか参照)
- バルコニー防水の下地は、合板を千鳥に(目地をずらして)2枚貼り、または、合板の上に防火板(ケイ酸カルシウム板など)貼りとします。
- 下地のカドの部分、出隅や入隅は角ばったままにせず、面木やパテで面取りや丸みをつけます。目地部分は絶縁用テープを貼ります。
- 下地と防水層をなじみよく接着力をあげるため、下地面にプライマーを均一に塗布します。その上で、ガラスマットの貼り付けと樹脂の塗布含浸を行います。防水用ガラスマットは2層積層します。
- 防水層表面の不陸などを調整した後、中塗り(着色用のトナー添加樹脂)を行い、最後に保護・仕上げ材を均一に塗布します。
- 「防水先行」の場合は、この後サッシが取付けられます。
「そこにビスは打ちません・・・」
では、冒頭の話に戻りましょう。
戸建住宅の内覧会では、バルコニー各部のチェックを行います。
その際、掃出しサッシ下の防水立上り部も観察します。
そこにはサッシの下枠を固定するためのビスが打たれている筈なのですが、冒頭で紹介したように、内覧会の事例で、下枠のフィンのビス穴が見えていて、ビスが打たれていないものが意外と多く見られます。
このことを指摘すると、冒頭のように、立会いの担当者からは決まって、「危険」と言われます。
そこにビス(専用釘)は打ちません。防水層に穴を開けるのは、危険だから・・・
確かに、「防水」の観点からは、サッシを固定するビスを打つのは、防水層に穴を開けることになるので、リスクがあります。
しかし、だからビスを打たないで本当に良いのか、という疑問は残ります。
巾六尺(約1.8m)くらいまでのサッシなら、ビス(釘)を打たなくても、経験的に大丈夫・・・
などと言う返事も聞こえてきます。
では、サッシの四周固定はしなくて良いの ~ 「建具(サッシ)工事」と「防水工事」の取合いのジレンマ
「建具工事」から「下枠固定」を考える
木造住宅では、サッシ枠は上下左右四方のフィン(爪)で固定するのが原則ですから、防水立上りのところは、サッシの「下枠」を固定する必要があります。
そのためにビス穴が開いているわけです。
ビスは打たないけれど、ビス穴はシールで塞いでいます・・・
と言う現場もありましたが、こうした例も含めて、「サッシ下枠は固定不要」で良いのでしょうか?
これは、つまり「防水工事」と「建具(サッシ)工事」の取合いの問題、悩ましいジレンマ、ということです。
ちなみに、
下枠固定ネジは必ず打ってください。下枠固定ねじを打たないと下枠垂れ下がりにより開閉不良となるおそれがあります。
これは、あるサッシの施工手順にある注意事項です。
建具(サッシ)工事の側からは下枠固定は必要
実際は、サッシの種類や大きさ、特に幅によって、下枠固定の必要性の大小は異なるでしょう。
しかし、住宅用の窓サッシでも複層ガラスが普通になって来ていて、場合によってはトリプルガラスも使われるようになっているので、サッシの重量は昔より増えてきているのも事実です。
ですから、「経験的に下枠固定のビスは不要」とばかりは言い切れないでしょう。
建具(サッシ)工事の側からは、防水工事に立ち入ってまでモノ申すことは避けたいでしょうから、ここは「防水工事」と「建具(サッシ)工事」の取合い調整の役割として、現場(施工会社)の判断と言うことになります。
その結果、ビスあり、ビスなし、シールあり、シールなし、など、現場(施工会社)ごとの方針の差が出ているのが現状なのではないでしょうか。
ビス固定、ビス頭シーリングの住宅
たとえば次の写真は、ビスあり、シールあり、の場合の例です。
掃出し窓サッシの下枠とバルコニー床の間はたいへん狭いので、こうした作業がしにくいというのも事実です。
ビス固定、ビス頭シールなしという住宅
また、ビスあり、シールなし、という例も散見されます。
ただし、この写真の左の例は、一箇所のみシール忘れ(他のビス頭はシールあり)で、指摘後シールして是正されました。
一方、中央の写真は、社の方針としてシールはしておりません、と明言された例です。
防水先行のバルコニーでは、サッシ固定と防水層貫通問題は、注意深く原則的対応で
防水先行、課題を認識しつつ、原則的対応を
このように見てくると、はじめに戻って、「①防水あと施工(サッシ先行)」の場合は、ビスによる防水層貫通の問題はなく、防水端部のシーリング処理に経年劣化の問題があること、そして「②防水先施工(サッシあと)」の場合は、ビスによる防水層貫通の問題が残る、ということになります。
「②防水先行」の現状は、防水工事と建具工事の取合いに対する各社の対応の違いです。
しかし、建具の側で下枠固定不要という見解が出ているサッシを除いて、サッシ枠は四周固定を原則とすべきでしょう。
そのためにサッシ下枠固定時にビスが防水層を貫通してしまうリスクに対しては、次のような原則的対応とすべきと考えます。瑕疵保険法人各社の設計施工基準などに示されている仕様です。
「防水先施工」の場合のサッシ固定にあたって配慮したい点は、
- 防水層とサッシのフィンの取合い部に、防水上有効なパッキング材やシーリング材を挿入する
- サッシ固定用のビスや釘のための下穴を開けておき、防水層のひび割れを防ぐ措置が望ましい
- サッシ固定後、ビス(釘)頭にシーリングを行う
- サッシ下枠のうしろの防水層と上記パッキング材の厚さ分だけ、上枠とタテ枠のうしろにふかし材を入れてサッシ建て込みに配慮する
こうした点に注意して、防水層貫通という「防水先施工」の課題に対処すべきでしょう。
今回のまとめ
では、今回のまとめです。
①木造戸建住宅のバルコニーでは、FRP(繊維強化プラスチック)防水が多く見られる。バルコニーに出入りする「掃出し窓」のサッシ下は、この防水の立上り高さが少ないので、特に注意が必要。(12㎝以上確保する)
②FRP防水と掃出し窓サッシの施工順序として、「①防水あと施工(サッシ先行)」と「②防水先施工(サッシあと)」のふたつがある。最近では「②防水先施工」が多く推奨されている。
③「防水先施工」の場合、あとから取付けられるサッシの下枠固定ビス(釘)が、FRP防水層を貫通するという課題がある。施工会社によっては、この下枠のビス(釘)を打たないで、ビス(釘)穴のままとしているケースが少なくない。
④これは、バルコニーの「防水工事」と、掃出し窓の「建具工事」の取合いの問題だが、防水優先とするあまりサッシ下枠固定を放棄すべきではない。建具の側で「下枠固定不要」とされたサッシを除いて、サッシは四辺固定を原則とすべき。
⑤そのためには、防水層とサッシフィンの間にパッキング材あるいは捨てシーリングを挿入すること、固定ビス(釘)のための先穴を開けておくこと、ビス(釘)頭にシーリングを行うことなど、防水層貫通というリスクを軽減するために、細かな配慮をすることが重要。
今回のお話は、一般の方からすると、取っ付きにくい内容に感じられたかも知れません。
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